日本市場における電子ブックリーダーの新しい位置づけ

電子出版SNSのEBook2.0が順調な滑り出しで初日に50名のメンバーを獲得できた。
今回の件では知人にあまり声をかけておらず、ほとんどネット上でのリクルートなので日本国内における電子出版に対する関心は日増しに高まってきているといってもいいだろう。

しかし、まだ肝心のハードウェア、つまり電子ブックリーダーは日本には出てきていない。すでに世界では大量のリーダーが濫立している状態となっており、勝算はなくても業界にいるからということで参入せざるを得ないという立場のメーカーも大いに違いない。が、これはある意味正しい、というのは中に入ってみないと分からないこともかなりたくさんあるからだ。外から見ているだけでは詳しい分析などできっこない場合があるだろう。この点で日本のメーカーの腰が異様に重いのは、クリエイティブな発想をもはや提案できないくらいに時代に取り残されているという可能性もある。ハードとソフトの開発の観点からも、そしてビジネスの体質的な観点からも。内需に頼りすぎてきた日本の経済力が生んだ弊害なのであろう。数少ない世界の中での「勝ち組」に君臨してきたトヨタが今このようなトラブルに巻き込まれている中で、尻込みする気持ちもわかる。が、資本主義経済は競争原理で成り立っている。「臆病者には死を」の世界であり、参入せずにシェアを取ることなんて不可能なわけである。(この点でSONYは果敢な挑戦を続けていること自体は評価されるべきかもしれない)

最近WSJで寄稿された電子出版のシェアを巡る論争について、我らが次世代電子出版研究の第一人者であるEBook2.0 Forumの鎌田氏が「アマゾンのシェア「急落」予想の無意味」というタイトルのエントリーでコメントをしている。

「凋落説」に対しては、さしあたってこう言えば十分だろう。アマゾンはアップル、Googleとバトルを繰り広げつつ、それらともパートナーであることができる。アマゾンにとってみれば Kindle Storeが本体なのであって、すでに E-Readerは必須のものではない。専用リーダがなくてもビジネスはできるし、最大の書店でもあり続けるだろう。アマゾンはiPadや Android、PCを含めた、マルチプラットフォームでのE-Book販売でのシェアと利益率の両方をにらみながら、手を打っているわけだ。同社の圧倒的強みは、ライバルよりも圧倒的に「本の顧客」、本の売上を最大化する「適正価格」を知っているということで、これが容易に覆ることはない。

全く同感である。表面的には戦いながらも、実際には「共闘」して電子出版の市場に革命を起こしている訳であるし、アマゾンもアップルもグーグルもよく分析してみると狙いは完全にはかぶっていない。つまり彼らの中では「バランスのよい棲み分け」を目指しているように見えるのだ。結局はデジタル連合VSアナログ連合という戦いになっており、アナログ連合の一社がどの相手にせよデジタル連合の一社に組み入れられたら、それでデジタル連合は勢力を大きくするのである。特にアマゾンはすでにPC、iPhone/iPod、Blackberryと対応端末を増やしており、カバーできていないのはMacOSとAndroidくらいで、それらへの対応も時間の問題であろう。そしてKindle上でもネット検索はやはりGoogleだ。

では、日本の市場に電子ブックリーダーがやってくる可能性があるのか、筆者は近々全く予想されなかった形での登場の可能性があるとふんでいる、というかそういう動きの仕込みの中に加わりかけている。

「囲い込み端末」としての電子ブックリーダー

思うに、日本人は「レッテル」に弱い。現在市場が抱えている問題というのは「電子ブックリーダー」というなじみの無い端末への不安感なのではないかと思う。PDAも日本ではほとんど流行らなかった、これも新しいコンセプトだったからだ。「電子手帳」という呼び名だとしっくりきて使った人もいるのかも知れない、実際は同じものなのだが。ネットブックという名前は認知度を得たのかも知れないが、これはもともと日本の東芝が「リブレット」を出していた頃からあったコンセプトで、単にその時は世界水準になれなかったものが、10年遅れて世界で流行しただけだ。なのにその頃にはリーダーにはなれず、東芝はPC部門を台湾のメーカーに売り渡すのではないかとも言われている。つまり日本は相変わらずグローバルなマーケティング戦略に弱く、言うなれば「してやられている」のである。海外から見ればこれは本当によく分かる。

しかし、日本市場という「牙城」だけは切り崩されたくないというのが日本のメーカーの考え方だろう。が、携帯の次世代規格ではLTEではまんまとサムスンに先を越されてしまったように、もはやその考えも適用しない。そもそもMADE IN JAPANの製品を国内で探すのがこれだけ困難なのだから、すでに波は日本を飲み込んでしまっているのだ。では電子出版についてはどうか。これについては実は若干他の市場とは異なるのだが、それについては大きな理由がある。

日本語の特異性と優位性
今の国際社会において日本人であることの最大の優位性は「日本語を完璧に理解できること」だという分析をしている人たちがいる。筆者も最近はこの意見にかなり同調するようになってきた。これは一見バカバカしい話に聞こえるかも知れないが、実はそうではない。至ってマジメな議論なのだ。例えばDid You Knowシリーズという有名な教育ビデオ(You Tubeなどで見れる)で述べられているように、英語の話し手人口が最多なのは実はアメリカではなくて中国だ。これは世界の公用語となってしまった英語の光と影である。EU諸国でもメジャーな言語がいくつかあるが、多くの人がそれらを複数話すことができる。世界では実はバイリンガルが標準になりつつあるのだ。先進国においてはアメリカと日本がもっとも遅れているように思うが、アメリカの強みは移民の多さである。移民の多さはそのまま文化の多様性につながり、言語の多様化につながる。これはアメリカ政府がとっている国策の成功である。

では日本はどうか。恐らく先進国中で唯一の単言語国家である日本という領域はまったくもって言語的「鎖国」の状態にあると言っていい。そして、経済成長期に大量の文書やありとあらゆる情報が日本語化されており、世界中の情報が日本で入手可能だった。(もっとも今はそれも弱まっていると思う)では、第三者がそれらの情報にアクセスしたい場合はどうか、これは日本語が分からないと不可能なことだ。例えば日本が中国に関して優れた研究や調査をしているとして、それらにアメリカ人がアクセスしたい場合は日本語を理解するか、誰かに英語に翻訳してもらうしかない。そして、日本には「圧倒的に」英語化あり中国語化なりされた文書が少ないのである。(ここに実は電子出版が日本で必要足りうる可能性が秘められているのだが、それはまた別の機会に)

話を元に戻そう。つまりこの鎖国化された状態の日本には海外資本の参入というのは極めて難しい。特にアメリカなどがこれらを切り崩そうと思ったら用いるのは簡単に言うと「ブランド戦略」しかない。ハリウッドであり、ディズニーである。かっこよさを売りにするのだ。しかし、現代の日本社会は洋画よりも邦画を重んずる風潮になっている。洋楽よりもJ-POPである。では書籍はどうか。間違いなく和書のほうが売上が多い。つまり、映画や音楽で簡単に覇権を取れたアメリカ勢も書籍に関してはかなり難しいと感じているのだ、何せ「日本人の大半は英語を話さない」のだから。1.2億人の人口で英語のペーパーブックを2冊以上読んだり、WSJ を英語で読んだことがある人がどれだけいるかという話だ。日本としてはもはやこれを逆手に取るしかない。

囲い込み端末、あるいは御用聞き端末としての電子ブックリーダー
筆者はここに成功のカギがあるように考えている。電子ブックリーダーというなじみの無い名称のデバイスに手を出すのが億劫になる人には、違う名称でアプローチすればいいのかも知れない。専用端末、とか専用デバイス、という名前で例えば証券やオンラインショッピングなどで日常的に利用しているサービスに表面的には特化したサービスにしておいて、そこに電子ブックの機能も追加しておけばいいのだ。電子辞書は鎌田氏が度々指摘するように、実はもっとも成功している電子書籍リーダーである。これには海外勢は進入してこれないし、その興味もないのだ。(ワープロがそのまま残っていたら、多分あれをやろうとする海外メーカーはなかったに違いない)日本というのは内需としては価値があっても、そのためだけに海外メーカーが他の市場を犠牲にするほど魅力のある市場ではなくなってきている。

筆者が現時点で理想としている端末の広げかたはここにある。すでにデザインはほぼ仕上がっているが、この新型リーダーをOEMで各ブランドに提供して、優良顧客の囲い込みにつなげてもらうという作戦である。これだけ消費が冷え込んでいるのだから5000円や10000円くらいを優良顧客に還元するのはさりとて難しいことではないだろう。なにせ「携帯できる電子ブックリーダーは一つのみ」である。それは楽天でもAMEXでもANAでもLEXUSでも、高島屋でもいい。一つもたせてしまえばそれで囲い込み完了だ。無料でもらったイコール優良顧客であることをそれとなくひけらかすことができるのだから、所有者も持ち歩くだろう。そして、3Gで常時接続が可能になっていたら、ユーザーは購買衝動を抑え続けることはできない。これはiPhoneがすでにApp Storeで示していることだ。電子書籍は需要がないわけでなくて、単に掘り起こせていないだけなのだ。そこに注目しているハードメーカーや通信キャリアがどれくらいいるだろう。そこに筆者が考えるいくつかのとっておきのツールを無料で提供する。一つのキーワードは「オンライン多言語辞書」であり、イーラーニング支援機能である。

筆者は単なるジャーナリストではなく、実際にビジネスをしている者であるので、興味がある方はぜひともコンサルティングを要請頂きたい、と最後に宣伝。今なら日本のみならず、アジアの市場を取れる。打倒アマゾンを目論む、某オンラインショッピングモールや、競合が国費を使って無理やり再建しようとしている某航空会社、そしてリコール問題にゆれていて威信を回復する必要のある某高級自動車メーカー(上に全部名前出てたりして)など、競合に先を越される前に動きたい企業は多いはずだと思うのだが。予算高?年間の通信契約でリベートを払ってでも顧客を囲い込みたいと考えている競争過多に苦しむ別業種の方たちがいるじゃないですか(笑)

立入 勝義 (Katsuyoshi Tachiiri) 作家・コンサルタント・経営者 株式会社ウエスタンアベニュー代表 一般社団法人 日本大富豪連盟 代表理事 特定非営利活動法人 e場所 理事 日米二重生活。4女の父。在米歴20年以上。 主な著書に「ADHDでよかった」(新潮新書)、「Uber革命の真実」「ソーシャルメディア革命」(ともにDiscover21)など計六冊を上梓。