書評 東野圭吾『秘密』

久しぶりにグーグル解析の数値を見ると、5月度のアクセスはワースト。。。ひたすら反省しつつペースアップしていきます。

さて、ただいま執筆の肥やしにするために、東野圭吾作品イッキ読みシリーズを開催していることはツイッターでフォロー(@tachiiri)頂けている方々ならご存知のことだと思います。緊急出版本の執筆、日本への2回への出張などで、こちらも少し滞っておりましたが、また再開いたしました。
早速昨日はだいぶ前の「11文字の殺人」と表題の「秘密」を読みました。

(時期的に)渡米した関係もあり、私は遅まきの東野圭吾ファンで、その理由の一つが東野先生が、梁石日先生と同じように同郷の(先輩)作家だということがあります。
在日僑胞が日本一多い大阪市生野区という街で育ったこの二人の大作家には共通のテーマがあります。
それはずばり「アイデンティティ」。
同じ場所で生まれ、同じ言語を介し、見た目には大して違いがないにも関わらず、「国籍」という根幹的な違いをもった友達が同じ学校にたくさんいる、という環境で育つと、自然と「アイデンティティ」とは何なんだろう、とか宿命の数奇さ、運命の残酷さなどを感じて育つようになります。そういう意味での「二つの視点」をこの二人の作家の作品には共通して見ることができます。

しかし、「血と骨」や「闇の子供たち」(最後のシーン)で一貫してそのメッセージを強烈に読者に向けて発信していく梁石日に対し、東野圭吾は直接的にそういうメッセージを発信するというよりは、作品の主題としてじわじわ読者にそれを実感させるという手法を取ることが多いのです。実際に、「悪意」はそれを主題にして書かれた小説だと(少なくとも)私は思いますが、読者の多くはそういう理解ができないかも知れません。梁石日にしても東野圭吾にしても、文学としての作品を読むだけではなく、エッセイ集を読むことで彼らが生まれ育った環境を学ぶことができ、日本の中でもかなり特殊な「生野(旧:猪飼野)」という場所について学ぶことで作品をより深く理解ができる、そういうわけです。ですので、両作家のファンの皆さんには、この何とも風変わりな街をぜひとも訪れて頂き、歴史を学んで頂きたいと思います。あなたが、どちらの「国籍」(あるいはそれ以外の国籍)を有していたとしても、学べることは多いはずです。この街には自然と両者が共存しているのですが、その背後に葛藤がないかというとそうではありません。そして、両側の視点はやはり異なるのです。

さて、肝心の書評について。
11文字の殺人も、「そして誰もいなくなった」調で面白かったですが、人気作の「秘密」はいわゆる(探偵ものや刑事ものなどの)本格推理ミステリーではないものの、独特の世界観で最後まで読みごたえたっぷりの作品でした。

主人公の妻・直子と小学5年生の娘藻奈美の二人が乗っていたバスが交通事故にあい、妻は死んでしまう。意識不明の娘が意識を取り戻した際には、実は妻の意識がその身体に宿っていた。。。

俗に東野圭吾「変身三部作」と称されるのは「変身」(91年)・「分身」(93年)・「パラレルワールド・ラブストーリー」(95年)で、現時点では「分身」はまだ読めていません。
この「秘密」は三部作の後の98年に発表されている。つまり、変身シリーズには四作目があったということですが、この変身シリーズには先に述べた「アイデンティティ」に加え、もう一つの東野作品の大テーマである「家族愛」も盛り込まれています。(先日「赤い指」についてもコメントしたばかりですが、こちらは年老いた母親との物語でした)

私は往年のアガサ・クリスティファンで、娘にもアガサと名付けたほどですが、東野作品においては実はいわゆる本格推理ものよりも、上記のテーマについて書かれたもののほうにより強いドラマ性を感じます。推理ものの読後感より、「アイデンティティ」や「家族愛」について書かれたもののほうにより深い読後感を得ますし、「あの頃ぼくらはアホでした」みたいなエッセイや「名探偵の掟」みたいにコミカルな作品に爽快感を感じます。もちろん、これは人様々で氏の代表作である「ガリレオ」シリーズをこよなく愛する方もいらっしゃるでしょう。東野作品に共通するのは、「サスペンス」性であり、そのどんでん返しと息をつかせない展開にあります。なので、彼の作品に慣れてくると、残りのページ数を気にしながら、どんでん返しが起こるクライマックスに向けて少しずつ心の準備をしてしまう自分がいます。

本作は、そういう展開になれた読者にとっても、なかなか展開が読みにくい作品の一つではないでしょうか。読み始めた途端、その特殊なストーリー性に引きこまれるものの、「一体何を描きたいんだろう?」という点でクエスチョンマークが残り続けます。それが中盤にかけて「アイデンティティ」と「家族愛」のテーマが急に深みを増すようになり、後半あっという間に急展開した話ではもう本を置くことはできなくなっています。そして、何とも深いエンディング。

かつて東野先生は「女性視点を描くのが苦手」であると語ったことがあります。これは、自身が男性であるからで、何とも正直な発言ではないですか。(ちなみに「11文字の殺人」の語りは女性一人称で、これは珍しいパターンです)逆に、男性からすると本作品では共感できる部分も多く、娘の身体をもった「妻」との性欲に対する葛藤などは何ともやるせない気持ちが募ってきます。(私には妻はもちろん4人の娘がいますので、共感する度合いが普通の人より強いのはいうまでもないでしょう)

ということで、今回はネタバレにならない程度の書評でまとめたかったので、このあたりにしたいと思います。オススメの一作です。個人的にはこの本を読んだ女性の観点もお伺いしたいものですね。私が読んだ文庫本では最後に映画版「秘密」で初主演をこなした広末涼子のコメントがついているのですが、彼女はお母さんと同作品について話をして、感動した点が同じだったとか。男性同士でも恐らく、既婚者か、娘がいるか、などで若干の違いはでるものの、恐らく同じような点に感銘を受けるのではないでしょうか。果たして、それは男女でどう違うか。
私的には直子の「動機」の部分での意見で大きく意見が分かれるような気がしているのですが。。。これ以上は読者のみで、ということで(笑) お読みになられた東野ファンとお会いして、同作品について語れる日を楽しみにしています。

最後に
もしも最愛の人を失ったらどうなるか、この点については性別を問わないですよね。それを考えさせられます。
実は現在、渡米のきっかけをつくってくださった、とても大事な恩人が末期ガンで生命を失いつつあります。奥さんと4人の幼い子供を残して。。。
そんな時期に読んだだけに、生命の尊厳と人生の価値についてぐっとくるものがあったわけです。

立入 勝義 (Katsuyoshi Tachiiri) 作家・コンサルタント・経営者 株式会社ウエスタンアベニュー代表 一般社団法人 日本大富豪連盟 代表理事 特定非営利活動法人 e場所 理事 日米二重生活。4女の父。在米歴20年以上。 主な著書に「ADHDでよかった」(新潮新書)、「Uber革命の真実」「ソーシャルメディア革命」(ともにDiscover21)など計六冊を上梓。