佐川急便のロゴが教えてくれる、AI時代の働き方
「AIで仕事がなくなるんじゃないか」
最近、こんな話をよく耳にする。エンジニア、デザイナー、ライター——あらゆる職種で「自分の仕事は大丈夫なのか」という不安が広がっている。
でも、この問いの答えは簡単で、ごく身近なところにそのヒントがある。
「佐川急便のロゴ」をよく見てほしい
佐川急便のロゴには、飛脚が描かれている。風呂敷を背負い、駆け抜ける飛脚の姿。
江戸時代、飛脚は手紙や荷物を人力で運ぶ立派な職業だった。だが今、飛脚という職業は存在しない。鉄道、自動車、航空機が登場し、人が走って荷物を届ける必要はなくなった。
では、荷物を運ぶ仕事自体がなくなったのか?
もちろん答えはノーだ。佐川急便のドライバーは今日も全国を走り、荷物を届けている。仕事、つまり需要はなくなっていない。働き方、供給の仕方が変わっただけだ。そして定量的な違いもある、それは速度。東海道を何日もかけて歩かなくても車で高速道路を駆け抜けるだけで数時間で配達が済んでしまう。
(あちこちの建設現場で大活躍した、とんでもなく重い荷物を歩いて運んでいた強力(ごうりき)の方々、今はそれもトラックが代理できている)
ロゴに飛脚を残しているのは、おそらく偶然ではない。「我々は形を変えながら同じ仕事を続けている」というメッセージのようにも読める。
マニュアル車からオートマ車へ
似たような話が、車の運転にもある。
昔の車はマニュアル(MT)が当たり前で、運転にはクラッチを踏んでギアを切り替えるという、それなりの技術が必要だった。運転=ある種の専門技能だった時代だ。(学生時代引っ越しバイトをしていたが、トラックはマニュアル必須だった。それだけで割高の賃金がもらえた)
オートマ車(AT)が普及して、その手間は劇的に減った。「運転手」という職業は消えただろうか?
消えるどころか、運転する人の総数はむしろ増えた。簡単になったから、より多くの人がアクセスできるようになり、運送業もタクシーもライドシェアも生まれた。技術的なハードルが下がると、需要側のパイ自体が広がる。もはやマニュアル車の存在すら知らない人も多い。手書きとタイプも同じ。
コーディングも同じ道をたどる
ここからが本題。
AI以前のソフトウェア開発では、職種が細かく分かれていた。フロントエンドエンジニア、バックエンドエンジニア、インフラエンジニア、データベースエンジニア——理由はシンプルで、それぞれの領域を学習するのに膨大な時間がかかったからだ。一人の人間が全部を高いレベルでこなすのは、現実的に難しかった。
それがこのAI時代になると、この前提が崩れる。学習コストが大幅に下がるからだ。ドキュメントを読み込んで実装パターンを示してくれる、未知のフレームワークでも数時間で動くものが書けるようになる。
つまり、「フロントしか書けません」「バックしか書けません」では通用しなくなる。みんな少なくともなんちゃってフルスタックな力量を求められていくんじゃないだろうか。
「学習コストが下がる」=「楽になる」ではない。むしろ逆で、「全部できて当たり前」のラインに引き上げられる。マニュアル車からオートマ車になったとき、「運転がもっと上手で、もっと長距離を走れる人」が求められるようになったのと同じ構造だ。若い人大変だ。。。
まとめ:消えるのは「形」、残るのは「仕事」
飛脚は消えたが、物を届ける仕事は残った。 マニュアル運転は減ったが、運転する人は増えた。 細分化されたエンジニア職は溶け合うかもしれないが、ものを作る仕事自体はなくならない。
歴史を振り返ると、技術革新で消えたのはいつも「特定の働き方」であって、「仕事そのもの」ではない。AIも例外ではないと思う。
不安なら、佐川急便のトラックを見るといい。あの飛脚は、今もちゃんと走り続けている。形を変えて。そこに未来へのヒントは、きっとある。