アメリカでKindleが注目され始めて、電子出版に関してまずは個人的に具体的なリサーチを開始して方針策定に時間を費やした。それから実際に筆者が運営するLMDPがKindle Storeでコンテンツを売り始めたは2009年の6月からだった。それからもうすぐ1年が経とうとしている(注:執筆時点)が、電子出版を取り巻く趨勢は一変したと言っていい。その間Kindle Storeでは当社のコンテンツが並び続け、少しずつではあるが売れ続けた。この章では実際に何が行われ、アマゾンとどういうやり取りが行われたのかという筆者なりの「激闘」の様子の一部をお伝えしたいと思う。
まずKindle Storeではインディーズ出版社でも(ISBNをもたない)オリジナルの電子出版コンテンツが発売できることに気づいた私は、何を売るのが短・中・長期それぞれの期間において有益かということを徹底的に試行錯誤した。その末に行き着いた結論はオリジナルコンテンツを作ることと、日本語のパブリックドメインの文学作品を販売することだった。目的はKindle Storeで販売しうるコンテンツの「質と数量」を見極めたかったからだ。古典文学作品の中では、筆者が敬愛する芥川龍之介と夏目漱石にまずは比重を置いた。そして、後に女性文学者を追加しようということで与謝野晶子作品に手をつけた。(後にアマゾンとのトラブルが発生して、一部の与謝野作品は結局アップしたのにも関わらずアマゾン側の「検閲」を通過せず未だに陽の目を浴びていない)そして、オリジナルのコンテンツについてはとっかかりで作りやすいものということで、日本語学習コンテンツを提供することを思いついた。筆者にとって気がかりだったのはアマゾンの返品のルールであり、レビューのシステムだった。
あまりにつまらない作品を世に出しても、とんでもない評価を最初につけられてしまうと元も子もなく、次に続かない。実際に一番最初に考え出したコンテンツは当社のデザイナーが突発的に作り上げた「ひらがな・カタカナ表」だったが後に酷評されてしまい、それからの売り上げは大きく伸びなかった。(しかし価格が安かったので最初の頃はそれでも当社の他の作品よりも売れていたくらいだ)学習コンテンツであれば1週間はキープするだろうと考えた。そして、やるからには自分がクオリティを保証できるものがいいということで、まずは初級者用の日本語学習コンテンツをつくろうとあいなったわけだ。
しかしここでは大きな前提条件があった。日本語のコンテンツが出版できること。ということである。ここで、筆者はアマゾンの規約を詳しく読んでみたがそこにはどこにも出版コンテンツに対して言語を規制するような記述はなかった。(後にこの方針は変更されることになる)AppleのApp Storeの例を見ても明らかだが、このような新規のB2Cのプラットフォーム上においては、ユーザーを獲得すると同時にコンテンツを潤沢に提供してくれるサードパーティ(この場合は出版社、App Storeの場合はデベロッパー)の存在が不可欠だ。筆者はアマゾンはここをもちろん理解していて、サードパーティが儲けられるような仕組みを構築することでKindle Storeを盛り上げKindleの売り上げを増やすことを考えているに違いないと踏んだ。
その証拠に市場には例えば、化学で使う元素周期表をそのまま記しただけのコンテンツや大学に行くためと称して自分のヌードを販売しているコンテンツ、何の変哲もない写真にコメントしているだけの写真集など多様なコンテンツが出始めた。(当社でも円周率だけをまとめた「Pie (π)」というコンテンツを出したが、それでもいくつかは売れており、返品率は極めて低い。巷に溢れる「百均ストア」と同じで、あまりに安ければ皆返品の手間のほうを惜しむのである。またネタ的に「一本取られた!」と相手をうならせるような商品も返品される可能性は少ない。どこまでいってもアイデア勝負、これが出来上がったばかりの市場の醍醐味であり、アイデアだけで一攫千金が狙える先行者利益とも言えるのだ。App Storeで大ヒットしたゲームやアプリの多くもそうだったのは同意頂けると思う。
最後に言っておくと、実はそもそも一週間以内なら返品できるというルールを知っている者も実際に返品する方法を知っている者もまだまだ少ないのが現状なのである。いずれにせよ、返品は1週間というルールで決まっている(落丁の返品だと思えばいい)以上、入金するまでにそれらの分は清算されているので手間はかからず、返品率が低ければそもそもあまり重要な問題ではないと言える。大体返品もできず定価でしか販売できない上に、印税が著者に届くまでに1年とか1年半とかかかる日本の現状の出版システムのほうが時代錯誤甚だしいということだ。(激闘は続く)
2010 年 7 月 22 日
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