第1章 クラウドコンピューティングについて – 電子ブック開国論 (10)

「求めよ、さらば与えられん」という言葉があるが、これは今のインターネット時代にまさしくぴったりの言葉だ。某巨大掲示板のキャッチコピーではないが、それこそ「ハッキング」から「今晩のおかず」まで今ではインターネットで手に入らない情報のほうがむしろ珍しいというくらいネットの世界には情報が溢れかえっている。WWWの最後のWはWeb(網、クモの巣の意も)という意味だが、本当によく言ったものだと思う。(余談だが、筆者が大学で最初にWWWという略語を勉強した時には地理学ではWorld Weather Watch(世界気候観測所)という意味が断然一般的だった。今となっては笑い話にしかならない)そんな中で最近特に話題になっているキーワードの一つに「クラウド」コンピューティングというものがある。私も後にMBOすることになったが、さくらインターネットという独立系大手のデータセンターの米国子会社を預かっていた身であるから、まがりなりにも適当なことは言えないのだが、技術的に専門ではない私の目から見ても最近この「クラウド」という言葉はBuzzWordとして濫用されているように思う。雲という意味がちょうど似つかわしいくらいに、なんでもかんでもクラウドといってしまえば済む、みたいなイメージがある。少し挑発的な言い方だが、これは顧客を「煙に巻く」という意味でも使われてしまう興味深い現象で、言葉のもつ不思議な力を感じざるを得ない。一昔前ならば例えば「ブラックボックス」という言葉があったと思うのだが、今巷で使われている「クラウド」という響きにはこれに似た印象を受けるのはどうやら私だけではないらしい。

Web2.0」という言葉もそうであったが、実体がうまく定まっていない場合にでてくる言葉というのは、それなりの情報誘導の意図をもってメディアの世界を駆け回る。特にこれがビジネスと結びついた時に強力な力を発揮するということは、同じくBuzzだったY2K(西暦2000年)問題というのがあったのを覚えている方も多いだろう。だが、この「クラウド」が筆者にとっても不思議に作用したのだが、それが「電子出版元年」とも言われる今年の幕開けとなった。2010年1月4日の日経産業新聞のコラム「クラウドが拓く」で筆者の電子出版事業が採り上げられたのである。(スペースはそれほど大きくはなかったが、たまたま第一面での掲載だったので親族を含む知り合いの間では結構話題になった)この背景には二つのクラウドが作用している、一つは記事にある通り電子出版事業そのものがアマゾンのクラウドシステムで成り立っているということ、もう一つはこの記事を書いた日経の浅川記者がクラウドについて検索している中で、それを電子出版と結びつけて、結果的に筆者が運営する電子出版事業Local Mode Digital PublishingのHPにいきついたことだ。この検索は恐らくグーグルなどの検索エンジンを通してなされたものであり、グーグルの検索エンジン自体は同社が運営する巨大なクラウドサーバーによって成り立っている。

後に角川氏がデカデカと「クラウド時代」と銘打った本が大ヒットするほどクラウドという言葉が濫用しているという背景には、現代の社会が抱える深刻なITリテラシー上での知識格差、俗に言うデジタルデバイドという現象が関わっていると思う。CPUやビデオカードといったハードウェアがスペックの向上を追及していく過程で、多くの消費者を置き去りにしてしまったことに気づき、結局また元に戻ってきたように、ソフトであるITの分野でも技術はとうの昔に一般人が理解できるレベルを超えてしまっていて、現場ではこのデジタルデバイドがいろんなレベルで起きている。この点でグーグルが視覚化(ヴィジュアライゼーション=Visualization)に特化した企業を数社買収してきたという事実は当然のこととなる。時代とともにこの「隔絶」はどんどん深まっていくばかりで、必然今のIT ビジネスにとって、重要なのはいかに優れたシステムやプラットフォームをつくるか、だけではなく、いかにして万人に分かりやすいシステム、あるいは説明を提供できるか、という視点が重要な要素になってきているのだ。この点で、例えば今一般的にクラウドと呼ばれている技術の中には従来は分散コンピューティングだとかグリッドコンピューティングだとか、あるいは実際は単純な専用サーバー上のホスティングだったりもするわけだ。

恐らくクラウドと名を付けると「売れる」あるいは「高く売れる」という現象があちこちで発生しているのではないか。そういう場合には得てして誰も不利益を被らないということで、そのまま大きな議論にはならず、ビジネスが進んでしまうということがよくある。またクラウド印刷というコンセプトもあり、これは別名でオンデマンド印刷(こちらのほうが意味は分かりやすい)と呼ばれることもあるが、必要な部分だけをクラウド上に接続されているプリンターを通して印刷することで、その場にプリンターがない状態でも印刷ができるというのは便利な技術であり、コストの点でも専用の大型プリンターを備え付けているDTP店舗などのほうが安くなるので経済的であるともいえる。こちらは電子出版とも関連してきそうである。

(図 割愛)

電子出版なのに紙で?という声も聞こえてきそうだが、必要な部分だけを印刷するという需要はあるだろうし、電子版のみで販売されてくる書物が今後増えてくるとしたら、誰かとシェアしたりあるいは移動中に読むなどという理由で紙版を欲しがる読者もいるに違いない。その場合に安価なソリューションが提供できればそれに越したことはない。電子化自体は必ずしも紙を殺すものではなく、代価を支払う購入者に新たな選択肢を与えているに過ぎない。これが例えば、自動車でいうところの「オートマ」式操作が「ミッション」式を(商業車やスポーツカーなどの一部の例外を除き)駆逐してしまったような状態になるかどうかはまだ分からない。最後になるが、日経産業の同記事は最後をこう締めくくっている。

クラウドの普及で、作り手が主役の新たなコンテンツ文化が花開こうとしている。まさにそうあるべきだし、出来る限りその動きを支援していきたいと私も考えている。こういう意識が閉鎖的で保守的な出版業界が電子出版に対する意識を根本から変えていく風穴を開けることにつながっていけば嬉しいのだが。

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立入 勝義 (Katsuyoshi Tachiiri) 作家・コンサルタント・経営者 株式会社 ウエスタンアベニュー代表 一般社団法人 日本大富豪連盟 代表理事 特定非営利活動法人 e場所 理事 日米二重生活。4女の父。元世銀コンサルタント。在米歴30年。 主な著書に「ADHDでよかった」(新潮新書)、「Uber革命の真実」「ソーシャルメディア革命」(共にDiscover21)など計六冊。

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