第5章 電子出版で甦る「早すぎた」ビジネスモデルPOPJNEOの例 – 電子ブック開国論 (50)

日本にいる皆さんはPOPJNEOという耳慣れない雑誌をほとんど手にとって見たことがないかも知れないが、音楽業界にゆかりがある人ならばCURE (キュア)という雑誌を書店などで目にしたことがあるかも知れない。CUREは世界にもそのまま英語として通じるくらいのブームを巻き起こしたヴィジュアル系バンドに特化した雑誌であり、日本のヴィジュアル系業界で最大手の雑誌だ。POPJNEOを発刊しアメリカから世界に向けて日本のポップカルチャーを伝えるのに尽力していた市村恭一氏はそのCUREを日本で立ち上げた立役者であり、大手取次10社全社と販社契約をもつ出版会社グループを切り盛りし一時は上場準備までしていたほどの切れ者である。

市村氏が運営するWANANNInc.(ワンアン)はPOPJNEO以外にもJANIMEという日本のアニメを紹介する新聞も出していた。POPJNEOは市場で盛り上がったマンガブームなどの追い風もあり、全米中の大手書店で一般販売されるまでに成長していたが、諸般の事情で定期刊行物としての紙媒体発行事業からは一時撤退し、現在はオンラインと全米中で開催されるアニメ系のコンベンションでかわら板的な号外を配布しているに留まっている。しかし、現在も市村氏の周りには日本のポップカルチャーをこよなく愛する世界中のファンがおり、POPJNEOのバックナンバーを購入するものはまだ後を絶たない。マイスペース上に存在するPOPJNEOページにはLA在住の元XJAPANのYOSHIKI氏を含め、有名人が多数参加しているが、参加者の多くはごく一般的なユーザーであり、彼らは世界中からこのサイトを目ざとく見つけ詰めかけてきたのだ。

ヴィジュアル系のファンというとど派手な衣装の「ゴスロリ」や顔が分からなくなるくらいのメイクアップなど日本でもかなり奇抜なファッションで有名だが、それこそハードロックやメタルなどの派手な音楽を演奏するアーティストやバンドが多いアメリカでは本当にユニークなファンが多いらしい。筆者もアニメのコンベンションなどには何度か足を運んだことがあるが、コスプレの文化はこちらのほうがはるかに見栄えがいいように思う。これはもともと日本のアニメは日本人というより多様な容姿の特徴をもつ外国人ををモチーフにしており、これらのコスプレファッションには、やはり黒髪に黒い瞳の日本人よりも金髪や茶髪、緑や青い瞳の欧米人のほうが似合うということもあるだろう。市村氏は渡米時に英語をまったく話せなかった。それなのにわざわざアメリカまでやってきたという度胸にも驚かせられるが、まだ英語にも全く不慣れな時期にPOPJNEOを進めている段階で対応に苦労したのは、実はアメリカ人ではなくこちらにいる日本人との関係づくりだったということを聞いてもっとびっくりした。全米規模で配信される雑誌を運営していくには、広告主などのスポンサーの存在が必要不可欠だが、当時苦心して彼が営業をして回った在米の日系企業の大半は彼がしていることの意義も目的も全くといっていいほど理解できなかったという。

POPJNEOの本質は日本のクールな文化を海外に紹介していくことであり、その過程でSUSHIやSAKEのように世界的に知名度を得た日本の産物をもっと海外に打ち出していくことは可能なはずであった。にも関わらず雑誌のコンセプトを説明しようとするや否や、「うちはアニメと関係ないので」というとんちんかんな回答で話を進めることに釘を刺されたというような苦心をされたことが一度や二度ではないということだ。何事につけても他者に依存しなければ気が済まず、いわゆる「権威」が存在しないような先進的なことには目を向けたがらない日本人の悪い癖は海外にでても変わらないようだ。筆者も電子出版のビジネスを通じてまったく同じ質の体験をしたので痛いほどよくわかるコメントだった。顧客からはサポートされているにも関わらず、後方支援してくれるものがいない、あるいはそのいわば「身内」から刺される痛さや辛さは筆舌に尽くしがたい。

しかし時代は変わり、この先進的な雑誌はカラー紙面をフルに活用できて表示スピードもKindleより格段に速いiPadという媒体を通じて再生を遂げようとしている。課金モデルも分かりやすく、今回は広告の心配をすることもなさそうだ。

(*この原稿を書いた後に、POPJNEOは先日見事にウェブ媒体としてリニューアルを果たし、新しい一歩を歩み始めた)

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立入 勝義 (Katsuyoshi Tachiiri) 作家・コンサルタント・経営者 株式会社 ウエスタンアベニュー代表 一般社団法人 日本大富豪連盟 代表理事 特定非営利活動法人 e場所 理事 日米二重生活。4女の父。元世銀コンサルタント。在米歴30年。 主な著書に「ADHDでよかった」(新潮新書)、「Uber革命の真実」「ソーシャルメディア革命」(共にDiscover21)など計六冊。

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