アマゾンがキンドルストアの印税率を変更

新型電子ブックリーダーの開発の件も含め、日本からの来客との連日のMTGで少し体調を崩してしまった。
大きな原因となっているのはもはや日常化している激務そのものではなく、ここのところ降り続けているすごい雨だと思う。カリフォルニアの家屋や電力インフラなどは一年に一度しか雨季がない地中海性気候の温暖な気候を受けてか、とても雨に弱い。信じられない話だが、雨が降ったらすぐに停電になったりするし、あちこちの道路が水浸しになって洪水みたいな状態だ。また傘をあまりにも使わないので雨が降ると急にみんな傘を捜し始めてあたふたするのも面白い光景だ。(筆者はむしろ面倒くさいので、ほとんど傘を使わない) 風邪気味なのは雨に濡れたのも原因だと思う。昨夜は他にもゲーム業界の知己がLAを訪問されたのでMTGをしたのだが、この時期にカリフォルニアを訪問された方は西海岸自慢の天気を楽しめず本当に気の毒だ。

さて、表題の件だが、アマゾンはキンドルストアの印税率(ロイヤリティ)を引き上げることを発表した。これは紛れも無く、アップルのタブレットを意識してのことだ。今のところシェアはアマゾンの次にSONY、そして恐らくNOOK(バーンズアンドノーブル)が来ていると思うが、アマゾンが意識しているのは間違いなく来週発表されると言われているアップルのタブレット機だ。電子ブックリーダーの開発は例えばMP3プレイヤーのそれと比べて、デザインや機能性そのものよりもハードを支えるコンテンツインフラを整えることが非常に重要である。今のところこの点でアマゾンは一歩先を行っている訳だが、すでにiTunesで独自路線、いわゆる「垂直統合型」ビジネスモデルを確立しており絶大なユーザーの支持をうけているアップルが打ち出す戦略はやはり大きな脅威なのである。(ここのところのアマゾンのスピード感溢れるビジネス展開は、やはりアマゾンがITベンチャーの走りであったことを思い出させてくれる、すばらしいの一言だ)中国のそれは、これよりも速いと思うが、日本にもこのスピード感があればいいと痛切に感じる。
環境問題の議論にも通じるのだが、「船頭多くして山船に登る」という諺があるように、先ごろの出版社の「大同団結」などはスピード感を下げる最たるものである。なぜなら、恐らく「電子出版」という言葉の定義や市場に対する認識そのものが統一されていない上に、既存の諸団体間での力関係といったものがそのまま色濃く意思決定に反映されるだろうからである。またお偉方は忙しいのでスケジュールが会わない。何でも談合で決めようとする日本人の姿勢があちこちで派閥論争を巻き起こし、どんどん方針がずれてくる。つまり意思決定が遅くなる。

AmazonCEO

コンテンツ、ハード、プラットフォームを一社が提供する垂直統合型ビジネスモデルについての利点というのはこの部分での「一枚岩」的一体感にあり、アマゾンはむしろアップルよりもこの点について最近柔軟に対応できてきているように思う。もちろん書籍コンテンツはアマゾンの本丸であり、これを落とされることはアマゾン自身の死活問題であるので当然だ。垂直統合型はつまり、その「陣形」が背水の陣であることを意味している。ここを突き崩されればビジネス自体が立ち行きいかなくなる訳であるし、また自身がやっていることをオープンにすることで、敵に手の内を完全に晒すことになるから相手が上手であれば、先を見越されてしまう。アマゾンはもちろん上場会社(AMZN)であるから、いわゆるコンプライアンスなどを全部クリアーしてこのスピード感である、これはもはや驚異的と言わざるを得ない。つまり、かなりの事前準備ができているということだ。かなり卓越したビジョンをもったブレーンとその意見をうまく吸収して意思決定に結びつける体質が存在しているのだと思う。(この点ではGANA4社の中では任天堂に近いのかも知れない)

電子出版ビジネスに参入しようとしているのであれば、この点を十分に理解してから参入すべきである。多くの電子ブックリーダーを見ていて思うことは、その先読みの甘さだと思う。アマゾンのモデルは完全にオープンになっている訳だから、ビジネスにおいての「リバースエンジニアリング」はやろうと思えば誰でもできる、が正しくそれを行うには専門性とかなりのコストがかかることになる。電子出版の専門家を名乗る方がもしもあなたの身の回りにいたら、この点についてしっかりとした知識をもっている人物かどうかをよく見極めて頂きたい。その人物はキンドルなどのリーダーを実際に利用しているか、出版する側と購買する側の両方の観点をもっているか、日本だけの市場観で物事を判断していないか、など。例えばCOPIAやSKIFFのサービスがアメリカのメディアでは取り上げられても、日本ではまったく無名であるが、これらが市場で注目を浴びる理由とは何であるか?EPUBフォーマットの利点は何で普及のための課題は?など、少し質問をすれば大体の見識をうかがい知ることができる。「電子出版=携帯とマンガ」という単純な見方しか提供できないようであれば、それはあくまでも日本市場の話しかできておらず、電子出版のブレインとしては不適格である。今の電子出版市場は「英語」を中心に回っている、この点において実際には日本は圧倒的に不利であるが、これは何もこの業界に限ったことではなく、単純に「国内市場」と「世界市場」の間の溝が広がりすぎたということだ。

海外から日本を見ていると、市場は毎回まったく同じ間違いを繰り返しているように思えるのだが、その主たる原因となっているものの一つは「偏見」であり、その中身には「狭い視野」と間違った「前提条件」があり、いうならばそれが内需に甘んじて世界を見据えてくる力を養ってくることのできなかった島国根性のメンタリティの特性である。(勿論筆者は日本人としてこれを自身にも置き換えて考えている)
話をマラソンに例えると、(「鎖国か開国か」といった)議論をスタート地点に立つ前に続けるのではなく、先にスタートしてから軌道を修正すればいいではないか。途中で疲れたら水分を補給したり休んだりしたらいい。回り道したと思ったら、全速力で戻ればいい。立ち止まっていることでは何も生み出されないばかりではなく、足元がぐらつき始めるのである。コースを分析して走り始めたとしても、その頃までには先頭集団がコースを変えているかも知れない、というのが昨今のグローバルビジネスを取り巻く環境である。

ISBNをもたないオリジナル電子コンテンツに対してもこの新しい印税率(70%-通信コスト)が適用されるか分からないが、これにより、当社は今後何をしなくても売上が倍増する恩恵を受ける。電子出版ビジネスは累乗のビジネスであるという筆者の自説がここでも証明されたことでそれはそれで嬉しいニュースではあった。

立入 勝義 (Katsuyoshi Tachiiri) 作家・コンサルタント・経営者 株式会社 ウエスタンアベニュー代表 一般社団法人 日本大富豪連盟 代表理事 特定非営利活動法人 e場所 理事 日米二重生活。4女の父。元世銀コンサルタント。在米歴30年。 主な著書に「ADHDでよかった」(新潮新書)、「Uber革命の真実」「ソーシャルメディア革命」(共にDiscover21)など計六冊。

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