第2章 iTunesの評価システムに潜む罠 – 電子ブック開国論 (25)

4月10日付けの意力ブログのエントリーでiPhoneAppの評価システムの変更を伝えた。引用元はMacRumors.comである。
Appleについての情報をイチ早くキャッチして全世界のマックユーザーに配信している Macrumors.com は4月10日付けのエントリーAppleRemoves‘RateonDelete’forAppsiniPhone4でiPhoneAppのアプリ評価について大きな変更があったことを伝えた。
これは文字通りに、iPhoneApp を削除する際にポップアップ画面が出てきてユーザーに対してアプリの評価を促す機能のことである。

iPhoneのレーティング(今は無い)
iPhoneのレーティング(今は無い)

(記事の要約)

同システムはiPhone2.2OSからスタートしたもので、アプリを削除する際にユーザーに対して毎回評価を促していたものである。これについてはアプリの評価数を増やすという名目があったものの、削除しているということは気に入らなかった可能性が高いわけで、相対的に低めの評価をつけられることが多かったことがアプリ・デベロッパーの間では議論になっていた。次のOSiPhone4からはもう削除時にこのような評価を求められることがなくなる。

これは良い選択だと思う。筆者も現在執筆中の「電子ブック(出版)開国論」(注:本書のことだ笑)の中でこの評価システムについてはふれるつもりだった。現在iPhoneのAppは一時の任天堂DSのソフト群よりもはるかに多い数が市場に溢れており、競合ソフトに対して評価をわざと下げるように低い星をつけるような行為が蔓延しているようだ。これに伴いアプリアップデートの際のリリース・ノートに「競合がわざと低い評価を不当につけて妨害している云々」という書き込みが多く、辟易している消費者も多いと思う。それにしても大体ミシュランガイドじゃあるまいし五つ星の評価があれだけ前面に打ち出されているのは、再検討したほうがいいと思う。特にiPhone上では詳細なコメントなどを見ずに星数で判断する人が多いと思うのだが、例えば競合が最初に一つ星をいくつか入れてしまったらその平均値を後で上げるのは至難の技になってしまう。

下記に簡単な例と算数で証明してみよう。
最初に☆を2回つけられた場合に、それを残り10件のレビューで☆☆☆平均までもっていこうとすると、残りの8件で28の☆を得ないといけないので、残りの8件での平均は3.5となる。例えば競合がグルになって、最初に5回☆をつけたとしよう、目標値を☆☆☆とすると、最初の10件でそれを得るには残り5件で全て最高の☆☆☆☆☆を得なければならない。最初の20件では平均3.6点、最初の30件では3.4点得てやっと☆☆☆に到達である。

またこれには心理的な問題を誘発し、そちらの方がむしろたちが悪い。実際のダウンロード数が売れ筋ランキングで上位に入ってくるものくらいしか判別がつかないAppStoreにおいて、新製品のレビューで最初に☆の数が少ないのはそれだけで致命的である。多くの人はそういうアプリには敢えて手を出そうとしないからだ。また、試してみてももとから懐疑的なのでちょっとしたことですぐに削除して悪い評価をつけてしまうかも知れない。

もともとAppStoreのようなクローズドなシステムでは競争が過当になりやすく、先行者利益が大きくなる。これはフィードバックに応じて開発者はすぐに製品を改良してアップデートを配布することができるからであり、これ自体はユーザーにとっては何とも嬉しいものだ。しかし、これが原因で後から参入してくるベンダーはどんどん高くなる参入障壁に苦しめられることになるのだ。もちろんこの構図のもとではアップルお膝元であるアメリカにいる開発社が世界に対して有利な位置に立つことになる。かつては北カリフォルニアのシリコンバレー地域にも多くの日系の開発会社がひしめきあっていたが、それらの多くは日本に撤退してしまったようで、特にソフトの開発会社で現在アメリカで頑張ってApple製品用にリリースを続けているという会社をあまり知らない。日本人が苦手な言語の壁に加えて、この現地にいないという地理的不利は大きい。その上、毎回のことであるが、例えばiPhoneが日本で発売された時のように、メディアなりオピニオンリーダーが将来の市場における需要予測を見誤ると、その分サードパーティである開発会社の早期参入インセンティブが下がり、それが後にどんどん不利な条件となっていくのである。

それにしても海外から見ていて不思議なくらいに、日本にはグローバルスタンダードを心理的にあまり受け付けようとしない感覚があるようだ。気持ちは分かるが、日本という国はこれからは20世紀後半のように内需に恵まれた景気のいい社会ではなくなるのが目に見えている。むしろ積極的にサードパーティが世界の市場に打って出るようにするには、多少不慣れな感じが最初にあったとしても、世界基準のものを消費者が敢えて好んで使うようになるくらいでちょうどいいのではないだろうか。そうすれば開発会社も開発者も全く違うスタンダード(例えば日本の携帯OS環境であるDoJaとかBREWなど)に対応するために非効率な動きをする必要がなくなってくる。もちろん日本発で世界に通じるものができればそれに越したことがないのだが、「ガラパゴス」現象に苦しむ今の日本からはかつてソニーや任天堂、その他大手メーカーがつくってみせたような、世界に通じるようなイノベーション性の高い製品というのはどんどん生まれにくくなっていくように思う。何故なら質の高いイノベーションというものはやはり成熟したユーザーエクスペリエンスから出てくるわけであり、日本が独自規格にこだわり続ける限り、肝心のユーザーエクスペリエンスを世界水準で体感することができないのでこれは当然のことである。

話をAppStoreのアプリに戻すと、現在ストア上で販売されている多くのソフトはLite 版を無料で出す形でサンプルトライさせている訳だから、競合が仲間とグルになって操作をしようと思えばお金もかけずにいともたやすくできてしまうのだから。(USのアマゾンの評価はこれとは多少異なるが、逆にPCで見られることが多いためか長すぎるレビューがあって中には中身を暴露、いわゆるネタバレに近いレビューが多いことが目につく。中にはレビューの応報でコメント欄が炎上状態になっているものも。後買ったり読んだりしていない人でもレビューが書けてしまうというのも問題だ)iPadは画面が大きいので、星数だけで判断する人の数は減るだろうか。レビューサイトや雑誌も多くあるが、それはそれで面倒だし。。。電子出版にも共通する課題である。

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立入 勝義 (Katsuyoshi Tachiiri) 作家・コンサルタント・経営者 株式会社 ウエスタンアベニュー代表 一般社団法人 日本大富豪連盟 代表理事 特定非営利活動法人 e場所 理事 日米二重生活。4女の父。元世銀コンサルタント。在米歴30年。 主な著書に「ADHDでよかった」(新潮新書)、「Uber革命の真実」「ソーシャルメディア革命」(共にDiscover21)など計六冊。