「理解しています」霜田もつられてやけに神妙に頷いた。霜田はITにはまったくうとかったが、ウィキペディアというものがネットの世界で有名で自分の権威付けにつながるというように理解していた。何より、自身が勝ち取った「ミスターすし」という称号を他の者に奪われるのはよしとできなかった。
商標と同じように、ウィキの世界で我こそは、と先に名乗りを上げるつもりであった。すでに著書も出し、数々の功績を上げてきた霜田には何故かまだウィキペディアの項目がなかったのだ。
「もちろん、登録されてすぐに削除される、いわゆる即時削除というやつの対象になった場合は半額を返金させて頂きます。まずはそうならないように、内容を組み立てるのが私の最初の仕事になります」
柳田の頭の中は、これから始まる戦いについて、考えを張り巡らせていた。霜田の経歴は立派なものだ。著作もある。恐らくは大丈夫だろう。しかし安心はできない。何せ敵はてごわい、いわばウィキのプロ集団だ。正直柳田の気は少し重かったが、目先の金も大事だった。もうすぐ長女の誕生日が近づいていたのだ。ひもじい思いをさせたくはなかった。子供達にも、愛する妻にも。ブロガーや作家として食べていく夢は捨てないが、まだそれは遠い目標だった。しかし、自分の執筆力と経験で対価を得られること自体は自身の夢に一歩ずつ近づいている、そういう気がしていた。それだけが柳田の後ろめたさを打ち消し、前進することの後押しをしていたとも言える。
(ウィキ事始め へ続く)