東野圭吾先生、逝く――同郷の先輩に、今さら伝えられなかったこと
7月27日、講談社の公式サイトを含むネットの随所に訃報が掲載された。
東野圭吾先生が、7月23日の未明に大腸がんのため68歳で亡くなられた、と。
正直、最初は画面を見ながら頭が追いつかなかった。訃報を「信じたくない」という感覚はよく聞くが、私がこの日感じたのはそれよりもっと静かで、もっと重い何かだった。言葉にするなら、「この世界から何かが永遠に失われた」という感覚に近い。
生野区という町のこと
東野先生は1958年2月4日、大阪市生野区の生まれ。
生野区、と聞いてぴんとくる人がどれくらいいるだろう。在日コリアンの方々が日本で最も多く暮らす街、と言えば少し伝わるかもしれない。日本で一番移民率の高い地域、二位は東成区だがもともとこの二つの区は同じ区だった。私も母の里である、その生野区で育った。同じ街で、同じ言語を使いながら、「国籍」というたった一つの違いを持つ友人たちと一緒に学校に通い、親友の多くがそうだった。そういう環境で育つと、アイデンティティとか、文化の違い、多様性、そういうことを子どもながらに少しずつ肌で感じるようになる。ただ子供の頃は正直よく理解できていなかっただろう。
かつてこのブログでも書いたが、「血と骨」で有名な梁石日先生も同じ生野区の出身で、私は二人の大作家がこの街から生まれたことを、ひそかに誇りに思ってきた。(他にも芸人や格闘家、歌手はたくさんいるが文化人は少な目)
東野先生が通われた中学校は母校の隣、高校(府立阪南高校)は弟の母校でもある。(しかもお姉さんのうち一人はどうも私の高校の先輩らしい)だから「同郷」という言葉の密度が、一般的なファンの方とはちょっと違う。小説を読みながら、地元の風景描写が出てくるたびに「あっ、ここ知ってる」となる、あの感覚。エッセイ集や浪花少年探偵団を読んで腹を抱えて笑ったのも、描かれている商店街や地元の文化が自分の記憶と地続きだったからだ。
106冊を読んできた読者として
X(旧Twitter)で「東野圭吾一気読みシリーズ」をやってた時期もある。長期執筆中だった「ウィキペディアンの憂鬱」を執筆していた時期だろうか、それがいつの間にか東野ワールドに引きずり込まれた。
気がつけば、近著数冊を除く106冊のほぼ全てを読み終えていた。
読んでいる間は「もう一冊だけ」が止まらない。初期の本格ミステリの切れ味、「天空の蜂」や「使命と魂のリミット」のような社会問題を正面から扱った作品の重さ、そして「ナミヤ雑貨店の奇蹟」のような、ミステリとも純文学とも違う何かへの越境。故郷の多様性に影響されるような作風の振れ幅が異常に広い作家なのに、どこを読んでも「東野圭吾の文章だ」とわかる。その声の一貫性こそが、長年の読者を離さない理由だと私は思っている。
理系出身、というのも大きいと思う。大阪府立大学の電気工学科を卒業し、日本電装(現・デンソー)でエンジニアとして働きながら小説を書き続け、27歳で江戸川乱歩賞を受賞した。緻密な論理の組み立てと、人間の情念のドロドロした部分、この二つを両立できる作家は、世界中を探してもそうそういない。
成し遂げたこと
1985年の『放課後』でのデビューから40年以上。
日本推理作家協会賞、直木賞(『容疑者Xの献身』)、吉川英治文学賞、菊池寛賞、紫綬褒章。受賞歴を並べるだけで紙面が埋まる。2023年には国内累計発行部数が1億部を突破した。著作は世界41の国と地域で読まれている。
「前人未到」という言葉を安易に使いたくないが、日本の小説家でこの数字に並べる人間が今後現れるかどうか、私には想像ができない。
8月5日に届く本のこと
先生が亡くなられた後、8月5日に最新刊『永遠の記憶』(文藝春秋)が刊行される。ガリレオシリーズ5年ぶりの長編だ。
作家が逝った後に、その人の新作が書店に並ぶ。この事実には、悲しさと美しさが奇妙に同居している。読者として、受け取る責任があると思っている。未読の近著数冊も含めて、ちゃんと読み切りたい。それが今の私にできる、ほとんど唯一のことだ。
鈴木光司先生に続いて
今年2026年の5月8日、鈴木光司先生が68歳で亡くなられた。過去出版社つながりで何度かご一緒させて頂いたことがある。その体格、知的な話し方は印象的で素晴らしいエンターテイナーでもあられた。先生の某作品のことについて頂いた貴重なコメントはいまでも私の宝となっている。
『リング』から始まった「リングシリーズ」は、世界的なジャパニーズホラーブームの火付け役となった作品群だ。今年は16年ぶりのホラー長編『ユビキタス』を刊行されたばかりだった。海外で世界一売れた日本作家と評される。個人的には『ループ』読後の衝撃が胸に強く残っている。
その訃報からわずか2か月半で、東野先生の訃報が届いてしまった。
同じ年、同じ68歳で。
日本の文学界が、本当に大きなものを二つ、立て続けに失った。「至宝」と呼ぶ以外に形容する言葉が見当たらない二方の偉大な先生を…
最後に
追悼記事を書こうとして、何度も書き直した。
どうしても「解説」になりがちだ。受賞歴を並べたり、代表作を列挙したり。でも私が書きたいのはそういうことではなく、もっと個人的な、あの生野区の街から出てきた一読者の話だ。
馴染みのある中学校や高校に通った地元の先輩。同じ大阪の、そして特に生野区の匂いのする文章を書き続けた人。Xで感想をつぶやくたびに、「次はどれを読もう」とワクワクした記憶。
ご家族は香典・供花・弔電を辞退されているとのこと。お別れの会については詳細が決まり次第案内されるとのことなので、続報を待ちたい。もし公の場が準備されれば、多くのファンや原作を映画化した際に出演した著名俳優陣が詰めかけるかも知れない。
ただ、今この瞬間に私が言えることは一つだけだ。
東野圭吾先生、長い間本当にありがとうございました。先生の作品はこれからもずっと多くの読者の胸を打ち続け、その中から日本の文学界を背負う若者が生まれてくることでしょう。
心から、深くお悔やみ申し上げます。合掌