これもある日の禅寺での話。
発音に頭を悩ませている一人の学僧がいた。
ある日のこと最近学んだいくつかの語彙を試そうとして、練習相手となる英語を母国語とする和尚を探していた。
そこに年配のジャック和尚が通りかかった。
ところが会話を続ける中で、ジャック和尚が何度も自分の言うことを聞き返す。あまりに聞き返されるので、その度に学僧は自信がなくなり少しずつ発音を変えながら試してみた。そうするとますます先方が聞き返すようになった気がしたので、すっかり自信を喪失した学僧は会話を途中で打ち切り、とぼとぼと違う相手を探して歩き去ってしまった。
そこをスティーブ和尚が通りかかった。挨拶をするまではよかったが、スティーブ和尚が話しかけるとジャック和尚はまた何度も聞き返すのである。二度ほどそんなやり取りが続くなかで、その様をじっと観察していたスティーブ和尚はあることに気がついて、こう言った。
「和尚、補聴器が外れていますよ」
そして、耳元にあった外れていた補聴器をあるべき場所に戻してやった。会話は元に戻った。
ところで学僧は今度はインドからやってきたシン和尚と話すことにしたのだが、今度はシン和尚はずいぶん苦い顔をしっぱなしである。学僧はまたしても自分の英語に自信を無くしてしまい、とぼとぼと寄宿舎の方に帰っていった。
そこをまたスティーブ和尚が通りかかった。しばらく話した後であまりにもシン和尚が苦々しい顔をしているので、どうしたのかと尋ねた。どうやら朝から虫歯がうずいて痛くてしょうがないらしい。スティーブ和尚はもっていた痛み止めによく効く生薬を手渡して去っていった。
忘れ物に気がついて寄宿舎の方から戻ってきていた学僧はたまたまその光景を眺めて、自身に足りないものが発音ではなかったことに気づいた。