今回もあっという間に4泊の日程が終わり今は成田エクスプレスの中でこれを書いている。
今回もかなり中身の濃い出張となったが、いつもとは少し違った収穫もいくつもあったのが面白かった。普段は日本で購入すると言っても土産がほとんどで自分のものといえば本とゴルフの練習用品くらいのものだが、今回は日本で久しぶりにノートPCを買った。ネットブックというやつだが、日本にはアメリカには無いモデルが大量にあり、さすがに小さい物にこだわる国であることが伺われる。これまではノートPCと言えば台湾系のものばかりを連続して購入していたが、今回久々にTOSHIBAに戻った。リブレットを昔愛用していたのでやはり小さいノートはTOSHIBAだろう、と。DynabookのUXシリーズの一つを買ったのだがなんのことはない、これはリブレットの後継機種である。少なくとも自分にはそうしか見えない。つまり出来がいいに決まってると思うのだ。大型家電量販店で少し時間をかけて比較検討してみたが、HPやDELLはなんとなく論外で最後にはLENOVOとTOSHIBAの一騎打ちになってしまい、スペースキーの大きさでTOSHIBAに決めた。LENOVOはバッテリ駆動時間が6時間と、今のより2時間長かったので惹かれはしたものの、英語の入力が多い自分にとってはやはりスペースキーの大きさは譲れないところだ。セットアップも終わり、早速使っているがなかなか調子がいい。ただ、Enterキーが少し遠く、うっかりすると手前の関係ないキーを打ってしまう。まぁすぐに慣れるだろうけども。

これからは情報やメッセージのアウトプットにより注力していきたいということで、ワープロのように使えるものを探していた。本命は某文房具メーカーが出してたエディター用端末だったが、実際にサンプルを見て断念。あんな作りこみじゃ到底使えない。サンプルがすでにボロボロだったのを見ても頑強じゃないのが見てとれる。
今回はそういうわけでネットブックの購入となったわけだが、これには続きがあって、結局インターネットの接続サービスまで入手した。2年契約に申し込んでUSBのアダプタをもらうのだが、これに申し込むだけで3万円も安くなる。もっともこれから2年間月1000円払うことでインターネットのサービスを維持するわけだが、これとてもともと希望していたものであり、海外在住者だからといって諦めていたのだが問題なく購入につながり、次回からは何とネットも自由に使えるようになった。これは私のような海外からの出張組にとっては革新的だ。
この端末は書き込み専用にしたいと思っている。つまり余計なアプリは入れないようにしたい。ゲームなどもってのほかだ。光学ドライブがついてないのでそもそもあまりアプリをインストールはできないのでちょうどいい。(今のところ何故かバッテリーの調子がよくないのだが、こんな時に海外対応の環境が整っている東芝は頼りになる、はず)
どんどん書くぞ~!
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鬼教官の存在前回の出張中、ちょっとしたハプニングで昔の職場の先輩に連絡することがあった。その会社を退職してからもう5,6年経つのだがそれから全く連絡を取っていなかったのでさぞかし先方はびっくりしたに違いない。用件もかなり予期せぬ用件だっただろう。 私にとってこの先輩は(帰国後の)4年という短い日本での社会経験上で、社会人として生きていく上での最も貴重なレッスンのいくつかをある時には(非常に)厳しく、時には優しく、そして常に暖かく与えてくれた先輩で、いわば恩師のような存在である。もちろん仕事をしている時には厳しいことを言われることのほうが多かったと思うので、私の中では「鬼教官」というイメージが強かったりするが、これは彼らにとっては栄誉ある呼称なのではないか(笑) 実は私にはこのような恩師が沢山いるし、当時は苦労があったにしても、今となっては彼らに大変感謝している。社会人生活を日本でした期間は短かったが、母子家庭に育った私は自分の小遣いは自分で稼ぐということを幼い時に学び、小学校卒業後にすぐに新聞配達のアルバイトを始めたので、それ以来経験してきた職種は20はくだらない。中には短期やド短期と云われるような短い期間の就労もあったが、しばらく勤めた職場もあり、どういう訳かそこには決まったように、先に述べたような先輩がいたものだ。 例えば中学生の時には一時期朝刊と夕刊を配りながら野球部の朝練と夕練をしていたが、そこの先輩には何故か早朝から新聞の塊に向けてバックドロップをされたりしながら(死ななくてよかった)「指導」を受けたこともある。私は当時147cmと小柄だったのもあり、そこでは同期の中で一番最初に辞めると思われていたらしいが、結局最後の一人になった。高校の時に2年近く働いていたうどん屋でも、これまた職人気質な先輩がいて、いつ機嫌を損ねて怒られるか分からないピリピリした状況で仕事を厳しく教えてもらいつつも、青春を過ごす上で楽しいチップもいくつも教えてもらった。アメリカの学生時代にもボランティアをやる際にこのような教官がいて、本当に厳しかったのは今でもよく覚えている。それぞれの職場にはもちろん経営者もいて、また彼らも同様に仕事には妥協を許さなかった。(地元の土地柄、雇用者側は在日の方も多かったが、彼らはおしなべて勤勉だった)しかし、彼らから学んだことは本当に尊く、今も私の中に強く残っている規律となったのは間違いない。これ以外にも地元の先輩や学校の先生には恐い人が多かったが、彼らから学んだことは今では尊い財産となっている。人は恐い存在からは多く学ぶものであり、父親不在だった我が家では彼らのような存在がいわば私にとっては父親代わりだったのかも知れない。逆の意味で私を一番恐れていたのは一つ年下の弟だったのだろうが、私は彼に何かを残せたのだろうか、と気になったりもするわけだが) 学んだことは一言には言い表せないが、例えば言い訳をしない、妥協しない、最後まで責任を取る、礼儀は欠かさない、諦めない、目上の人には敬意を表する、など今の私が大事にすることの多くは彼らから教えてもらったものだ。特に与えられた仕事に対する真摯さと礼儀は仕事の上だけでなく、生きる上において非常に重要なことだ。 厳しい言葉をかけるのは誰にでも出来ることだが、その言葉に責任を持つことは簡単なことではないのは逆の立場に立つと分かる。自分が吐いた台詞には責任をもたなければ、その何倍もきついつき返しを受けることになる。他人にするなということは自分もしてはいけないし、何よりも自分の気分だけで相手をしかりつけてはいけない。また厳しい言葉をかけると同時に相手を信頼する気持ちももたなければならないし、それが伝わるような教育となるように心がけるべきである。目にかけない相手には厳しくさえしないものである、何故ならそれは徒労に終わることになるし、何より厳しくする苦労が自分にとってもきついものであるからだ。嫌われ役に好き好んでなろうとは誰も思わないだろう、あくまでも目標や組織のために、そして相手と自分のために行うことである。 またこれらは決して厳しいことだけではない、怒られる時には何か自分が理解できていないポイントというものがあり、それを理解して先方の期待に沿った際にはお褒めの言葉を頂けるのだ、もちろん鬼教官の中には無口だったりシャイだったりする人が多いので、それがどういう形になるかは分からないが、勝利した際には必ず分かるものだ。そして、怒られている時は辛い人間関係もそれを超えると全くそういう難しさは無くなるのだから不思議だ。以来私は思うに、自分から鬼教官を求める癖がついてしまったのかも知れない。(自己向上の上で、私は究極のMであると言えるのかも知れない 笑) 今回の出張でも尊敬できる先輩経営者の方々(今となっては鬼教官仲間といえるかも 笑)からこのようなレッスンの貴重さを改めて学ばさせられた。レッスンを正しく学び実践できれば、そのうち厳しい言葉をかけられる機会も自然に減ってくるが、そこで慢心してはいけない。初心忘るるべからず、である。常に奢らず、高ぶらず。そんな人物に私はなりたい。 実るほど頭を垂れる稲穂かな (詠み人知らず) 実にいい言葉である。
近況報告電子ブック開国論入稿後の近況報告エントリー
米国市場からの撤退をお考えの際に言わずと知れた大不況で最近米国市場からの撤退話をよく耳にします。 2、3年頑張ってはみて、それなりの顧客がつかめたものの固定費をカバーすることができない。大手法人顧客が取れそうだが、それまで体力が続かない、責任者が退職、あるいは日本での人材不足のために呼び戻されることになり、後継者おらずビジネスを継続することができない、など理由はそれぞれだと思いますが、そんな時にはぜひ当社への業務アウトソーシングをご検討ください。 当社のクライアントでも同様にリストラを余儀なくされたものの、人件費を削り、オフィスをバーチャルオフィスに移すなどして極力固定費を減らして現地在庫の売却にオンラインセールスと卸売りでもって注力してきた会社があります。商品自体の魅力や価格設定は間違っていなかったため、その成果は徐々に現れ始めており先日は西海岸ではかなり大手の小売店チェーンから問い合わせがあり急遽その商談のために私が北カリフォルニアに今週出張することとなりました。不況の折、このようなニュースはとても大きな希望を与えてくれます。 一度完全撤退をしてしまうと、次回の参入の際には最初と同じか倍以上のコストと勇気を必要とされるものだと思います。当社では格安コストで月々に最低限必要なカスタマーサポート、物流管理、オンラインストアの運営、経理業務、現地法人の管理などを請け負わせて頂くことが可能です。これにより、また本社の運営状況が好転した際や、景気が回復した際などに既存の顧客などのこれまでの努力の成果をそのままにして再進出することが可能になります。人口3億人を抱え、世界一の経済大国である米国市場に未練もなく退却される会社は少ないと思いますので、撤退ではなく一縷の希望を残したままの「勇気ある後退」に考えを変えられるというのは如何でしょうか。 ブログランキング - いつもクリックありがとうございます。 にほんブログ村 にほんブログ村